◆福島キャンプラン(1)
10月初旬の3連休、4ヶ月ぶりとなるキャンプツーリングの地に選んだのは、福島県。関東地方に比べて、一足遅く実りの季節を迎えた南東北の秋を体感すべく、鈍行列車に揺られること約4時間、栃木県最北の駅、上三依塩原駅に降り立った。上三依の北、山王峠を越えれば、そこは陸奥の玄関口。県境を列車で抜けてしまうのはつまらない。足慣らしとばかりに、緩やかな峠道を走り始めた。
(1)会津西街道(R121)
古来より、関東から奥州へ至る街道筋は3つあり、東西に広大な福島県は、現在でもその街道筋に沿って3つの地方に区分されている。ひとつは勿来関より太平洋岸をゆく「浜通り」、もうひとつは白河関より平野部を抜ける「中通り」、そしてもうひとつが今回まず最初に足を踏み入れる山間部の「会津」地方である。
初日のルートは、江戸から日光を経て会津を結ぶ、かつて会津西街道と呼ばれた旧街道筋を通り、城都・会津若松市を目指す。中央分水嶺の山王峠を越えると、そこは福島県田島町。遠く日本海へ注ぐ阿賀川(阿賀野川)の上流に拓けた街は、南会津一円の行政府として栄え、現在でも山間部とは思えぬほどにクルマの往来が激しい。
田島の中心街には、宿場の名残とも思える駅前旅館や、時代を感じさせる商店なども少なくないが、半端な発展ぶりが街の印象を薄めてしまっている。川に寄り添うように走る国道も、退屈な幹線道路の印象は否めないが、一歩対岸へと渡ってみれば、そこには収穫を間近に控えた黄金色の草原が見渡す限り広がっていた。ツーリングに必要な資質は、道を選ぶ嗅覚だ。
隣の下郷町に入ると時刻は13時過ぎ。空の大部分を覆う雲は薄明かりを漏らしながら、時折小雨をちらつかせている。下郷から先、国道は阿賀川に沿って会津若松へと抜けるが、旧街道は山間部を越えている。現在は県道となっており、通うクルマも少なく、自転車にとってはむしろありがたい。街道筋の集落には、茅葺屋根をトタンに葺き替えただけの古民家がずらりと並んでいた。豪雪地帯らしく、どの屋根も勾配がきつい。
(2)下郷会津本郷線(県131)
会津西街道の宿駅であった倉谷の集落を抜けると、おもむろに峠道が始まる。村外れの神社で弁当を広げ、遅めの昼食を済ませたものの、意外と厳しい上りに息も切れ切れ。県道に並行するように、徒歩で上った古い街道も復元されている。昔の旅人も同じように息を切らして上ったのだろうと境遇を重ね合わせながら、路傍で汲んだ清水で口を潤す。
標高700m弱の中山峠を越えると、下った先に数軒の民家が連なる集落がある。その一軒の庭先に、樹齢950年の大ケヤキが堂々たる体躯で聳え立っていた。当家の伝承によれば、源八幡太郎義家による奥州征伐の際に賜られたものとされるが、大木の生命力とともに、少なくとも千年もの間、同じ土地に根差して生き続けてきた一家の営みに、言い得ない衝撃を受ける。

(A)大内宿
再び短い峠を越えたところで、にわかに雨足が強まり、目も開けられないほどの豪雨が襲ってきた。素早くレインウェアに着替えるが、路面はみるみるうちに水浸しとなり、ブレーキを磨り減らす危険なダウンヒルに突入する。視界は最悪、気分も最悪、全身ずぶ濡れになりながら、ほうほうの体で坂道を下りきると、そこが大内宿だった。
大内宿は、会津若松から数えて3番目の宿場町。周囲を多くの峠に阻まれ、道路建設がままならなかった辺境の立地が、江戸時代の景観を奇跡的に現代に相続した。宿場の中央を貫く道は未舗装のまま、クルマの通行を拒絶している。道の両脇に整然と並ぶ民家は茅葺屋根を手厚く保護し、秩序立った江戸の機能美を誇らしげに見せていた。
連休中ということで、保存区域内は観光客で溢れ返り、多くの土産物屋が活気に湧いていたが、かつての会津西街道はそれほど人々の往来が盛んであったわけではないらしい。会津藩の参勤交代に使われていたのは江戸初期までで、確かに五街道の宿場町のような立派な旅籠の姿は見られない。しかし、みちのくの旧街道には、簡素な民家風の宿が良く似合う。
大内宿の突き当たりに至ると、未舗装路はそのまま大内ダムの方向へと延びていた。僅かな耕地には棚田が広がり、村雨がしとしとと降り続いている。くねくねと曲がりくねった山道から県道に合流し、ひっそりと静まり返ったダム湖畔を走り過ぎると、真新しい氷玉(ひだま)トンネルに到達した。あれほどいた観光客が嘘のように、クルマの影はほとんど見られない。
本日の最高地点、標高800mほどのトンネルを抜けると、北面の山道は濃霧に覆われ、ホワイトアウトの世界だった。時刻はまもなく16時というところだが、日没直後のように寂しげな雰囲気。雨はほとんど止んでいるが、たっぷりと濡れた路面が恐ろしいことに変わりは無い。ここまで約60kmを走り切り、残すは会津盆地へと下るだけだが、最後まで決して気は抜けない。
危惧したとおり、標高差600mのロングダウンヒルは、恐怖の道程だった。濡れた路面の下り坂は、ブレーキの制御もままならず、路面の水は容赦なく顔面を叩き続ける。深い谷底がぱっくりと口を開けた路肩の光景に足をすくめるも、怯えて立ち止まる暇もない。しかし、腹を括って命を懸ける刹那の恐怖感を乗り切るからこそ、麓に広がる街並みと雨上がりの青空に、格別な感情を抱くことができるのだろう。

(B)会津若松
峠の裾野に位置する関山宿を過ぎると、広大な会津盆地の南端から会津本郷の街に入り、街道筋は終着点へと吸い寄せられていく。時刻は17時を回り、ちょうど日暮れ時。街のあちらこちらから、夕餉の香りが立ち込める中、初日の行程を終えて会津若松に到着した。伝統と格式を誇る城下町らしく、しっとりと落ち着いた佇まいが疲れた身体に心地良い。
会津若松の街並みは、他の城下町の多くがそうであるように、中心区域には昔ながらの街路がほぼそのままの姿で残され、鉄道駅や幹線道路は旧市街を迂回するように周縁を通る構造になっている。従って、会津盆地の中心都市でありながら、賑々しい商業施設は郊外に追いやられ、かといって老舗が多い旧市街の商店街が寂れるでもなく、適度な規模の繁栄が保たれている。
人口12万人と、街の規模の割にはそれほど住民が多くないせいもあるのだろう。旧市街にはコンビニや娯楽施設はほとんど見当たらないが、街に根差した飲食店や銭湯、公園などが数多くあり、一夜を過ごす旅人にとって不便なことはまったく無い。広大な鶴ヶ城公園は夜も市民に開放され、美しくライトアップされた天守閣が寝静まった街並みを見守っていた。
走行データ
第1日:藤原-田島-下郷-会津本郷-会津若松
D:99.5km/600up
T:5h19m25s
A:17.9km/h
(つづく)




Commentaires
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Rédigé par: Gino Ochoa | le 19 octobre 2007 à 12:24
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Rédigé par: Clarissa Huff | le 21 octobre 2007 à 16:43