« 新線探訪【守谷編】 | Accueil | 白雨街道 »

新線探訪【つくば編】

TX10
茨城県つくば市御幸が丘

10月最初の週末、つくば市へポタリングに出かけてきた。つくばエクスプレスの開業で、一躍脚光を浴びる研究学園都市つくば。しかし、私にとっては未だに1985年の科学万博の印象が強い。多感な小学生時代、都合9回も通い詰めた「つくば万博」の記憶は、あれから20年経った現在でも脳裏にこびり付いている。そんな親近感もあって、「遠くて近い」街であったつくば。ドライブで訪れたことは何度かあるが、今回初めて自転車で往復してみることにした。

野田からつくばまでは、その名も「つくば野田線」という県道が直接通じているが、決して自転車に優しい道路とは言えないため、芽吹大橋から利根川を渡ると、これまでの経験をもとにしてバイパス、裏道を抜けていく。どこまでも真っ平らな茨城の大地は稲刈りも終わり、枯れ草色した田圃の上に青々とした秋空が広がっていた。R354水海道バイパスにて鬼怒川を、そして北海道のように延々と続く直線道路を経て小貝川を渡ると、そこはもうつくば市だ。

市境までは野田から20km余り、ちょうど1時間ほどの距離だが、ここはまだ郊外の真只中。田園風景の中に宅地や商業地域が近接する千葉や埼玉の近郊風景とはまるで異なり、文字通り何もない街道の中途に、突如としてTXの高架橋が出現する。これがR354との交差点に位置する“みどりの”駅。良くもここまで特徴の無い名称を付けるものだと当初は訝しく思ったものだが、確かにこの風景を見ると他に名称を付けようがない。“野田”も一昔前まではこんな風景だったのだろうか。

TX11

それでも駅前の更地では、急ピッチで大型スーパーやレストランの建設が進められ、駅の地図には宅地開発の未来予想図が示されていたが、何年も前から基盤のあった守谷に比べれば進捗度は雲泥の差。近隣につくば市役所があるが、ここは旧谷田部町役場を流用したもの。現在のつくば市の中心街まで約10kmという立地からすれば、ニュータウンの整備は容易では無さそうだ。市役所前から脇道に反れると、辺りは豊かな森に覆われた昔ながらの里山風景が広がり、北の方角に筑波山が顔を覗かせていた。

農場の跡地だろうか、薄緑色の美しい芝生を横目に見ながらのんびり進むと、森の切れ目に人工池が現れ、そこが科学万博記念公園だった。公園自体は万博会場の6分の1ほどの大きさでしかないが、会場全体は筑波西部工業団地として跡地利用されており、万博当時のメインストリートはそっくりそのままの形で公道になっていた。会期中に植えられたであろう並木は立派に成長し、当時の面影はまるで無い。しかし、地図を見れば、どこに何のパビリオンがあったかがフラッシュバックのように甦ってくる。

1985年の日本はバブル経済前夜。当時、余剰体力のあった大企業グループがこぞって奇抜なデザインの建物を並べては、ハイテクと刺激に溢れたショーを繰り広げていた。今にして思えば、まさに21世紀の娯楽を先取りするような箱庭の世界。懐かしさに浸ると同時に、わずか20年の間に時代が激変したことをしみじみと痛感する。21世紀になっても何も世界は変わらないと言う人は、あまりに急すぎる時の流れに鈍感になっているのではないか。何も変わらないものを見つける方が難しい社会は、やはりどうかしている。

TX12

TXの万博記念公園駅は、それほど公園に近いというわけではないので寄り道しなかったが、エキスポ通りと名付けられた県道に出ると、次の研究学園駅はすぐそこだった。広大なテストコースを備えた日本自動車研究所の跡地に設けられた駅舎の周辺では、さっそく更地となった土地を利用してモデル住宅を紹介するフェスタが開催され、多くの家族連れで賑わっていた。見渡しの良い駅前広場からは、正面に筑波山が堂々とそびえ立ち、側面につくば市街地のビル群が点在する様が見渡せ、スケールの大きな「街」を体感するにはもってこいのロケーション。ゆったりとした住空間は素直に羨ましい。

研究学園駅を後にすると、TXの高架橋は一路地下へと潜り、終点つくば駅に滑り込む。並行する道路からでも距離はさほど無い。筑波大学のキャンパスに沿って延びる学園西大通りを渡ると、大型ショッピングモールやビジネスホテルが密集する中心街につくば駅がある。つくばは良く人工的で無機質な街だと評されるが、ある程度の規模の都市であれば人工的で無い街はないだろう。むしろ、画一的な都市計画で旧市街地を断裂してしまったような多くの地方都市に比べれば、ゼロから街を構築した分、機能的で人に優しいつくりになっている。

例えば、多くの都市で問題になっている歩行者と自転車、クルマの混在も、つくば中心街では物理的にクルマの進入が不可能な歩行者・自転車専用の立体遊歩道が設けられ、目立った渋滞や混雑も無く、スムーズに人が流れていることに驚かされた。公園の数も多く、とにかく緑がたくさんある。これなら無駄なストレスを溜めずに済むだろうなと思う反面、夜は相当に寂しそうだ。光と刺激に溢れた生活と、緑と秩序に包まれた生活と、あまりに対照的な双方の都市を、TXはわずか45分で結んでいる。

落ち着いたつくばの雰囲気をもう少し味わっていきたいところだったが、野田から片道40km。既に日が傾きつつあったため、散策を足早に済ませて帰路を急ぐ。復路はTXの沿線からは離れた石下町を抜けていくが、堆肥の臭いとトラックの騒音だけが繰り返し迫る典型的な田舎町。街の規模に不釣合いな天守閣ばかりがやけに印象に残った。坂東市に戻ると既に辺りは真っ暗。光と刺激に慣れ切った身にとっては、茨城の闇は恐ろしい。つくばの街も、これからどんどん光に溺れていくのかも知れない。

DATA|野田-坂東-水海道-つくば-石下-坂東-野田|ポタリング|82.6km

|

« 新線探訪【守谷編】 | Accueil | 白雨街道 »

Commentaires

つくばは生まれ在所の近くでもあり、なじみのある土地ですが、わずか数時間のポタリングを素晴らしいルポルタージュにまとめ上げる手腕に敬服です。

石下の天守閣は、いろんな意味で問題ですよね。
石下の住民でなくてよかったと、心底思ったものです。

Rédigé par: 野州 | le 09 octobre 2005 à 18:41

>野州さん
コメントどうもありがとうございます。
問題のある表現などありましたら、遠慮なく仰ってくださいね。
全ての街を愛する気持ちで走りたいものですが、なかなかそうはいかないもので・・・

Rédigé par: SAT. | le 11 octobre 2005 à 22:18

SATさん、すいません、言葉足らずでした。

石下の天守閣については、時代考証的にも、景観的にも、私的にはちょっと恥ずかしいなと思ってきたということをいいたかったのです。

Rédigé par: 野州 | le 12 octobre 2005 à 20:12

>農場の跡地だろうか、薄緑色の美しい芝生を横目に見ながらのんびり進むと、

農場の跡地ではなく、芝生を生産している畑だろうと思います。

Rédigé par: 元つくば住民 | le 23 novembre 2005 à 19:19

Poster un commentaire



(Ne sera pas visible avec le commentaire.)




TrackBack

URL TrackBack de cette note:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30741/6231292

Voici les sites qui parlent de 新線探訪【つくば編】:

« 新線探訪【守谷編】 | Accueil | 白雨街道 »